…
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
【 ホワイト・デイ・バースデイ 】(注/ミニBASARAネタです)
3月のある日、珍しく人払いをした長曾我部元親は、届けられた文を見ながら思案に暮れていた。
「(……どうすりゃいいんだ)」
元親はちらりと床の間に視線を向ける。そこに置かれた螺鈿細工の箱は、
先月、安芸の毛利元就から奪ったものだ。
元就が必死に隠すので、どんな御宝かと思いきや、中身は『ばれんたいんちょこ』で、
しかも元就から自分宛ての文がついていた。
ばれんたいんちょこと言うのは、それ1つで同盟を持ちかけることが出来る、
2月14日だけに限定されたお手軽外交アイテム……の、筈だ。
そしてこの外交の申し込みには、3月14日の「ほわいとでー」に返礼を持って回答するのが仕来たり、
らしい。
少なくとも元親はそう把握していた。海の向こうには不思議な行事があるものだ。
「(やっぱ、返礼しねぇとまずいよな……)」
元親は眉間に皺を寄せる。
奥州の竜からの文によれば、この返礼には『くっつきー』や『ましゅまろ』を使うのが一般的らしい。
……さっぱり意味がわからない。
「(『くっつきー』てなんだよ。出会い頭にくっつきゃいいのか? あの毛利に?)」
――よう毛利! ばれんたいんの返事に来たぜ。そらよ、くっつきー!
――散れっ!
叩き出される展開が容易に想像できるのは何故だろう。
と言って、『ましゅまろ』に至ってはなんのことやら見当もつかない。
まろと言えば駿河の今川義元が真っ先に思い出されるが、義元を手土産にしたところで、
やはり叩き出されるような気がした。
「はあ――……」
元親は文を持ったままころりと転がる。難題だ。
いっそ知らない振りを通そうかとも思ったが、それはそれで危険な気がした。
何しろ相手は詭計智将と異名を取る毛利元就だ。『ばれんたいんちょこ』を使って、
何かの策略を仕掛けている可能性は十分あり得る。
外交の申し込みを無視したと理由をつけて、戦を仕掛けるつもりかもしれない。
「(待てよ。じゃあ返礼を届けたらどうなるんだ?)」
普通に同盟するつもりだろうか。元就に限って、それは無いような気がした。
「ったく、どんな謎かけだよ」
元親はばりばりと頭を掻く。
それから一つ息を吐いて、螺鈿細工の箱を見た。
元就は全体、何を考えてこんなものを用意したのか。あの時、無理に奪ったりしなければ、
その理由がわかっただろうか。
箱に入っていたちょこは、手作りだった。
「手作り、手作りね……俺が作れんのは、からくりぐれぇだしなあ」
だからと言って、仁王車や滅騎を贈る訳にもいかない。富嶽に至っては論外だ。
戦国バサラ合戦記録を見る為の受像機「電影」や、記録映像を再生する為の「陽炎」は、
合戦記録に出番の無いご近所の誼とばかり、請われるままに元就の分も作ってしまった。
他に元就の喜びそうなものは。
「(……お天道さんくれぇか?)」
元親はちらりと縁の向こうの空を見る。
「兵器しか思いつかねえ……」
太陽を利用した兵器を元就に渡すのは危険な気がした。
「あとは……」
――参の星よ、我が紋よ!
「(……。確か、毛利の家紋は天の参星に由来してるって言ってたな)」
元親はがばりと身を起こすと紙と筆を取る。
「動力を……これこれ、こう……で、……だから、……だな。よし、こいつで決まりだ!」
そうしてあっという間に日は過ぎて。
「なんだ、今日は随分と騒々しいじゃねぇか」
3月14日。元就の屋敷を訪れた元親は、常日頃この屋敷で殆ど見かけない家人たちが
邸内を慌ただしく動いているのを見て、門前に立ち尽くした。
忙しない様子は、なんとなく屋敷に踏み入ることを躊躇わせる。
「出直すか……?」
しかし――。
抱えた箱に視線を落として、元親は考える。
ばれんたいんの回答をする『ホワイトデー』は今日一日だけなのだ。
「しょうがねぇな、こいつを誰かに預けて……」
呟いて箱を抱え直した時、門の内側から毛利の家人が1人、表に出て来た。
「これは長曾我部殿。お待ちしておりました。只今、元就様にお取次を」
「いや、俺はこいつを届けに来ただけ……ん?」
持っていた箱を差し出そうとして、元親は首を傾げる。
今、自分は『待っていた』と言われなかっただろうか。
ということは、この騒々しさは『ほわいとでー』の客をもてなす為の……
「おいおい、ばれんたいんの時と違って、随分と仰々しいじゃねえか。
毛利の奴はそんなあちこち『ばれんたいんちょこ』を配ったのか?」
「ほわいと、で? はて、それは一体……?」
元親の言葉に、今度は毛利家の家人が首を傾げた。
「なんだ。あんた知らねぇのか? 今日はばれんたいんに外交を申し込まれた連中が、
その返事をする日だろ?」
家人は益々首を傾げる。
「……いえ、今日は元就様の誕生日に御座……」
そこまで言った家人は、次の瞬間、足元から上った緑光色の柱に弾き飛ばされた。
そのまま空の彼方に流れた彼の軌跡を見送る元親の耳に、聞き慣れた声が響く。
「口の軽い駒よ」
視線を戻せば、目の前に元就が立っていた。
「何用ぞ」
「いや、その」
元親は答えに詰まる。
彼は『ほわいとでー』のつもりで来たのだ。
けれど、毛利の家人は『ほわいとでー』を知らず、屋敷内が慌ただしいのは元就の誕生日だからだと言う。
ではもしや当主である元就も『ほわいとでー』を知らないのだろうか。
「毛利。あんた……今日が何の日か知ってるか?」
「ほわいとでーであろう。それがどうした」
即答された。
「いや。なんか、あんたの屋敷ん中、た……、違う事で忙しそうだからよ」
先程、『誕生日』と口にした家人が飛ばされたのを思い出し、直接的な表現を回避する。
元就は興味無いと言った様子で視線を流した。
「祝うようなことでもなかろう。ただの儀礼に過ぎぬ」
元親は困惑する。儀礼に過ぎないと言われてから祝うのは難しい。
「(やっぱ、ほわいとでーを優先するべきか? けど国主の誕生日っつったら
国にとっちゃ一番の祝い事だよな……)」
逡巡の末、彼は抱えていた箱を元就に向かって突きだした。
「何ぞ?」
「あんたに届けもんだ」
「記録映像では無いようだが」
「…………」
自分が届けるものは記録映像だけだと思われているのだろうか。
それはそれで複雑である。
元親はとにかく、元就に箱を押しつけた。
「こいつは、天文図投影機『星宿(ほとほり)』だ。お天道さんの恵みを電源として蓄え、
暗い部屋で使うと天井に星空を映す。長曾我部の最新のからくり技術を使った自信作だぜ」
「がらくたか」
間髪いれずに返されて、元親の眉が跳ねる。
「何だと?!」
「ふん。まあ良いわ。遠路ご苦労であった」
言い残し、元就は踵を返すと気色ばむ元親を残して屋敷の中へと戻って行った。
「あー……」
上がって行けとも、帰れとも言われない。
用を済ませたのだから帰るべきかと考えた元親を、いつの間に戻ったものか、
先程飛ばされた家人が屋敷内へと手招いた。
「元就様が、今日は長曾我部殿が来ると仰っておりましたので」
廊下を先導する相手のその言葉に、元親はふと、
元就は最初から「理由はどうあれ3月14日に元親が元就のところに来るように」仕掛けていたのではないかと、そんなことを思うのだった。
<おしまい>
おまけ。